北海道大学 大学院医学研究院 内科系部門 内科学分野 循環病態内科学教室

留学だより

Study Abroad Guide

降旗 高明

留学先:Stanford University Medical Center (USA)

2020.03.31

いつかはしたいと思い描いていた研究留学。仕事、場所、時期そして金銭面などの困難を乗り越え、2018年4月より家族とともに米国スタンフォード大学での留学生活は始まりました。旅立つ前に助言されていた通り、家族のことまで含めると生活が安定するまでにはやはり半年ほどの時間を要しました。
スタンフォード大学のあるパロアルトは西海岸サンフランシスコの少し南に位置し、いわゆるシリコンバレーの地域にあたります。温暖な地中海性気候のため乾期(3~10月)は青い空がどこまでも続き、雨は一滴も降りません。雨期(11~2月)もウルトラダウンを羽織ればしのげる程度の涼しさです。「東のハーバード、西のスタンフォード」と称される名門校で、大学の敷地は単一のキャンパスとしては世界第2位、日本で最大規模の北大札幌キャンパスが18個も入る計算です。IT企業群であるGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)のうち、Amazon以外はシリコンバレーに本社を置いており、現時点で世界の中心地の一つと言えるかもしれません。パロアルト自体は学園都市ですが、シリコンバレーでは多くの日本の企業人、特にIT関係者に出会うことができます。夜飲んだ後も一人で歩いて帰れるほどに治安の良いところで、全米屈指に家賃、生活費の高騰した地域となってしまったことを除けば、この上なく暮らしやすい地域です。
留学前には思うようにスタンフォードに関する情報が集まり切らなかったのですが、実際に渡米してみると、循環器系を含め意外にも多くの日本の先生方にめぐり会うことができました。東海岸は医局から順送りでの派遣となる場合が多いそうですが、西海岸、特にスタンフォードはそれとは異なり、ボスとの直接交渉で留学を決めた経緯をもつ人が多く、逆に日本に戻る際には日本から来た人へ研究を引き継ぐということも少ないようです。また来てみてわかったことですが、もともとラテン系やアジア系の移民が多い地域ではありますが、どこのLabでも中国からの研究者が三分の一程度を占めています。彼らは英語を上手に使いこなし(中国語より発音が簡単で、語順も同じなので使いやすいそうです)、なるほど“二大大国”の影響力はこのようなところにも届いているのだと強く実感させられます。
研究室の選定、それは留学にあたり最も苦労したことです。大学院時代から続けているミトコンドリアの研究を追究することは最後まで考えたのですが、同時に基礎を超え臨床にも生かせるような「何か全く新しいこと」をこの機会に始めたいとも思っていました。そんな折に伝手をたどってようやく出会えたのが、現在のボスであるMichael Snyder先生です。ゲノム医学の第一人者の一人として知られ、全ゲノムシークエンシングにさまざまな最先端のオーミクス技術(トランスクリプトオーム、プロテオーム、メタボローム、マイクロバイオームなど)を組み合わせ、分子レベルの生化学的な変化をあきらかにすることで個人の経時的なオーミクスデータを取得・統合するという新しい概念(iPOP: integrated Personal Omics Profiling)を構築されました。現在では、個人レベルの疾患の予測や疾患の状態にとどまらず、さらにはそれを集団レベルでの個別化医療(personalized medicine/precision medicine)へと応用するための研究を展開しています。もともとは酵母を使った遺伝子の研究を行っていた先生で、基礎研究に対する造詣は大変深いです。Snyder Labはスタンフォード大学の中でも有数のビックラボらしく、今は50人程度のpostdocが在籍しており、遺伝子の基礎的な研究(wet)から、ヒトのサンプルを用いた臨床研究、さらにはbioinformaticsを駆使したデータ解析を主体とした研究(dry)まで、非常に広範囲な研究が行われています。
こちらでやりたいと思っていたことは、臨床業務も求められる日本の医学系大学院生には決して得られない「研究にどっぷり浸かる」という感覚を体感すること、なぜ医学研究が米国中心であり続けるのかを垣間見ること、将来も一緒にサイエンスを追究できるような研究者仲間に出会うことに集約されます。こちらにいると、医学研究に投入される金額、人的資源が日本と桁違いであるのはもちろんのこと、領域を超えた協同が日常的に行われています。そしてなにより、イノベーションは基礎研究の発展なしには起こしえないのだということをあらためて肌で感じることができます。
循環器業界の研究は、他分野と比べるとすでに多くの重要な知見が過去に得られたと思われます。そういう意味では、これからの循環器医療は究極的には「予防医療」と「個別化医療」に向かうのだろうと感じています。Snyder先生が大学の年報に記していた” I’m a believer in the future—genomics will move medicine from ‘diagnose and treat’ to ‘predict and prevent’.”という言葉に少なからず共感していたところです。ちなみに今取り組んでいるのは、ヒト末梢血単核球由来iPS細胞を用いた心筋症に関する基礎研究です。巨大なプロジェクトの一角を担っており、スタンフォード大学以外のLab、時には企業も含めた共同研究によって進められています。
これから少しでも研究留学を考えている先生方へ、自分の経験から少しでも伝えておいた方がと思うことは、ありきたりですが「英語」と「お金」でしょうか。コミュニケーションツールと、しての英語の重要性に日々直面させられているわけですが、可能ならば高校生くらいまでに一度留学しておくのが望ましいのではというのが現時点での結論です(これを読まれている方は、すでに該当しないだろうとは思いますが)。ただし、最低限のやりとりという意味ではなんとでもなるので、これを理由に留学を躊躇する必要は全くありません。お金はリアルな意味でとても重要で、特に循環器系で留学先となることの多いボストンや西海岸の物価は異常に高いので、留学助成金を獲得する(多くは37歳もしくは40歳での年齢制限あり)ためにも、少しでも早い時期での留学を検討してもいいのかもしれません。もちろん失うものもあるけれども、それ以上に多くのものを得られる時間になるのではないでしょうか。
最後となりましたが、ここまで研究者としての成長を見守っていただいた絹川 真太郎 先生はじめ心不全グループの先生方、常に海外留学への途を後押しいただいた横田 卓 前医局長、また最終的に留学を承認いただいた安斉 俊久 教授へ、あらためましてこの場をお借りして心より感謝申し上げます。

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