北海道大学 大学院医学研究院 内科系部門 内科学分野 循環病態内科学教室

経カテーテル的大動脈弁植え込み術

Minimally invasive treatment for severe aortic stenosis:Introduction of TAVI


大動脈弁狭窄症について

心臓は、全身に血液とともに酸素を供給する、ポンプのような役割をしています。全身に酸素を届けたあとの血液は右心房から右心室へ戻り、肺動脈から肺に送られます。肺で酸素を受け取った血液は左心房から左心室へ送られ、大動脈を通って全身へ送られます。この一連の動きは休むことなく、1日におよそ10万回も繰り返されています。

大動脈弁は、心臓の左心室と大動脈の間にある3枚の弁であり、この大動脈弁が、癒合(弁が互いにくっつく)など何らかの原因で動きが悪くなり、弁の開口部が狭くなった状態を『大動脈弁狭窄症』といいます(図1)。生まれつきのものや加齢、動脈硬化などが多くの原因とされています。狭窄が軽度のうちはほとんど自覚症状がありませんが、狭窄が高度になると左心室から大動脈への血液の流入が妨げられ、心不全(息切れやむくみなど)、失神(意識を失う)、狭心痛(胸の痛み)、突然死を生じる可能性が高くなります。

#01

図1

大動脈弁狭窄症に対する治療法と経カテーテル的大動脈弁植え込み術(TAVI)

従来行われている大動脈弁狭窄症に対する治療法には、次の3つがあります。

① 薬による治療
薬物を用いて血管を拡張させたり、心拍数を減したりすることで心臓への負担を減らす治療。疾患の根本から治すことを目指した治療法ではありません。

② 外科的大動脈弁置換術(SAVR)
胸を開く大きな手術(開胸術)により十分に開かなくなった大動脈弁を人工の弁と取り替える治療です。

③ バルーン大動脈弁形成術(BAV)
バルーン(風船)を用いて十分に開かなくなった大動脈弁を広げる治療です。疾患の根本から治すことを目指した治療法ではありません。

経カテーテル的大動脈弁植え込み術(TAVI)とは、重症の大動脈弁狭窄症に対する治療法で、外科的治療のように開胸することなく、また心臓の動きも止めることなく、カテーテル(細い管)を使用して人工弁を留置します。低侵襲(体にかかる負担が小さい)で、人工心肺を使用しなくて済むため、高齢の方やその他の合併疾患のため外科的治療を受けられない方などが治療対象となります。また、近年では外科的手術の危険性が低い患者様にも適応が拡大されてきています。
この治療では生体弁を足の付け根の動脈から挿入する“経大腿アプローチ”(図2-①)、肩の付け根(鎖骨の下)の動脈から挿入する“経鎖骨下アプローチ” (図2-②)、肋骨の間を小さく切開し、胸の大動脈から直接挿入する“経大動脈アプローチ” (図2-③)、心臓の先端(心尖部(しんせんぶ))から挿入する“経心尖アプローチ”(図2-④)があります。足の付け根の動脈から挿入する方法が可能と判断されれば足の付け根の動脈からの挿入方法を選択します。もし、血管が細いなどの理由で足の付け根の動脈からの挿入が困難と判断されれば、ほかの部位からの挿入を選択します。

カテーテル人工弁は、金属でできたフレームの中に生体弁(動物の組織から作った弁)を縫い付けたものです(図3)。この生体弁は、カテーテルを用いて逆行性(大動脈から心臓へ向けて)に挿入され、十分に開かなくなった大動脈弁の上に留置されます。

  • #02

    図2

  • #03

    図3

当院の大動脈弁狭窄症に対する取り組みに関して

当院では、2010年から、ご高齢者の硬化性大動脈弁狭窄症に対して、順行性アプローチよる経皮的カテーテル的バルーン大動脈形成術(BAV)の取り組みを積極的に施行してまいりました。BAVは、一時的な患者さんの日常生活動作の改善はできるものの、再狭窄率が高いため、その有用性に限界があります。世界においては、BAV以上のさらなる有用性かつ安全性を追究した非侵襲的な治療として、人工弁を使用したTAVIが、フランスのルーアン大学のAlain Cribier教授により2002年に考案されました。以来、ヨーロッパ・北米を中心に、現在、世界で10万人以上の患者さんに行われています。

本邦でも2013年10月より、TAVIが保険償還となり非常に良好な成績(術後30日死亡率約1.5%)を収められております。その背景には、TAVIを安全かつ有効に普及させることを目的とした、日本循環器学会、日本心血管インターベンション治療学会、日本胸部外科学会、日本心臓血管外科学会の4学会より構成されたTAVR関連学会協議会により、ハートチーム体制の整った実施施設基準を満たした医療機関でのみ、厳格にTAVIを行うことを義務付けられている点が、本邦における良好な成績・安全性を確保できている理由の一つであります。
当院も、2016年3月からTAVIを開始し、これまで約350例の患者様を治療させて頂きました。デバイス留置成功率は100%で、開胸手術への移行2件、術後30日死亡は0件と非常に成績は良好です。

#05

TAV in SAV(大動脈弁位の外科的生体弁へのValve-in-Valve)

重症外科人工弁機能不全に対する治療オプションとして、これまでは外科的再手術が唯一の治療法でしたが、再開胸(複数回の胸を開ける手術)や高齢の方が多いなど治療リスクが高くなっておりました。しかし、近年カテーテル治療のオプション(TAV in SAV:変性した外科弁の中にTAVI弁を留置する)が登場しました。日本循環器学会の弁膜症治療のガイドラインでは、”手術リスクの高い症例で、有症候性の重症大動脈弁位生体弁狭窄または重症大動脈弁位生体弁経弁逆流に対するカテーテル的Valve-in-Valve術”が推奨されています。当院でも変性外科生体弁に対するTAVIを施行しております。

#06

TAVIの実際

TAVI治療前に、経胸壁・経食道心臓超音波検査、CT検査などを行い、心臓と全身の評価を行います。TAVIでは治療前の評価が非常に重要で、術前の画像検査でアプローチ部位、人工弁サイズ、リスク(冠動脈閉塞、大動脈弁輪部破裂など)の評価をハートチームで行います。現在、TAVI治療は全身麻酔と局所麻酔の両方が行われていますが、患者さんの状態に合わせて適切な方法を選択します。 経大腿動脈アプローチの場合は、大腿動脈を穿刺し、14~18Fr(直径6mm程度)の治療用シースを挿入します。経心尖アプローチであれば、左前胸部を小切開し(5~7cm)、24Frのシースを心尖部から挿入します。治療用ガイドワイヤーを大動脈弁に通過させた後に、大動脈弁をバルーン拡張し、続いてカテーテル人工弁を大動脈弁まで進め、バルーンを拡張することで大動脈弁にカテーテル人工弁を留置します。バルーン拡張時やカテーテル人工弁留置時には、高頻拍ペーシングを行ってデバイスの移動を防ぎます。人工弁留置後は、心臓超音波検査や大動脈造影検査を行い留置した弁の状態、血管合併症などの確認を行います。必要であれば再度バルーン拡張などを行います。問題が無ければシースを抜去します。経大腿動脈アプローチの場合は、止血用デバイスを使用した用手圧迫、もしくは外科的血管形成で止血を行います。経心尖アプローチであれば、心尖部、開胸部の縫合を行い止血、閉創します。治療後は早期よりリハビリを開始します。治療後安定した時期に心臓超音波検査などで留置した大動脈弁の評価を行い、周術期合併症のない事を確認した上で退院となります。

TAVI治療の流れ

#07

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